見えない星空
いつものことですが、朝4時を過ぎたころに目が覚めます。再び眠りにつくことはなく朝の散歩に出ます。一番先に向かうのは、福厳寺というお寺でその入り口に数体のお地蔵さんが祀ってあります。お地蔵さんたちの名前は延命蔵と名付けられています。そこにお参りするのです。灯明をつけ、その灯で線香に火をつけます。お地蔵さんへの私の願いは「家族の健康、会員の皆さんが儲かりますように、生活をもう少し楽にして下さい」と願います。毎日、5円の賽銭です。一昨日、ポケットに100円玉しかなく、しぶしぶ100円のお賽銭を置いてきました。その御利益でしょうか、ノア銘柄が急伸しています。
早朝の散歩の途中、蝉の声を耳にしました。そろそろ梅雨が開けるのでしょうか。7月の暦を見て見てみますと、2日が半夏生、7日が小暑、七夕、15日が盆、19日が土用の丑、23日が夏の盛り「大暑」となっています。
夏の土用は、7月19日から8月6日まで、立秋の前の18日間です。ほかの季節の土用も、立夏の前、立冬の前、立春の前18日間がそれぞれの季節の土用となっています。 土用とは「土旺(どおう)」が転じたもので、陰陽五行(木、火、土、金、水)のうち「土」の気がもっとも旺(さか)んな時期という意味です。
また、五行とは、万物の根元を木、火、土、金、水の五の元気とし、天地・万物・人事の動静はみなこの理に支配させられるとしたものです。土用とは、春夏秋冬のもっとも季節の「気」の強いとき、すなわち、もっともその季節らしい時期を土用というのです。
雑然とした玄関のプランタンや鉢に、夏の花が一斉に咲き始めました。
花スベリヒュー、葵、朝顔、夕顔、桔梗、コスモス、サフィーニア、ペチニア、ランタナ、ナデシコ、カーネーション、花タバコ、カランコエ、折り鶴ラン、トレニア等です。 先日、家内にバラをひと鉢プレゼントしました。部屋で咲き終わったようでしたので、小さな鉢から大地に植え替えてあげたのです。そのバラまでほかの花に誘われて再び咲き始めました。鉢植えの時は、白いバラだと思っていましたら、大地に植え替え、太陽の恵みでしょうか、きれいなピンクの色に染まって咲いています。
梅雨の雨のせいでしょうか。それとも周囲に華やかな花が咲いたせいでしょうか、紫式部(クマツヅラ科)の花が咲こうか咲くまいかためらっている様子です。
ピラカンサの花は、梅雨の雨に洗われ花が散り、花が散ったあとにマツチ棒の頭ほどの青い実を無数につけていました。
さあ、いよいよ大暑、昨年の夏はリーマンショックの前触れでしょうか。相場がはっきりとせず、秋まで梅雨のしめった空気を引きずった夏でした。今年こそ夏の季節を満喫したいものです。そして、今年こそ五尺の身体全体に真夏の太陽を浴びてみたいと考えています。
沖縄の夏の日差しは、矢のように身体に突き刺さってきます。最近ですが、気がつくと「安里屋ゆんた」を口づさんでいました。それも「安里屋ゆんた」は沖縄の方言で歌っているのです。何故かなと思いましたら、いま沖縄がニュースの中心になっているせいかもしれません。
家内の里は沖縄・那覇のど真ん中、それも国際通りのど真ん中でした。そして、ほんもののふる里は南の果て八重山なのです。まだ、パスポートがないと沖縄に行けないとき、何度か沖縄の土を踏みました。もちろん、ほんものの美しさを持っている八重山の珊瑚礁の海にも足を浸しました。
先日、七夕が近づきましたので、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」を読み返してみました。
宇宙には、1千億個の銀河があり、それぞれの銀河には平均して1千億個ほどの星があります。そして、すべての銀河の中にはその星とおなじくらいの数の惑星があるのです。その総数は、百億の1兆倍となるのだそうです(カール・セーガン博士)。
その百億の1兆倍という星のたった一つの星、その地球の上で、人間は悲鳴を上げ犇めいているのです。むかし、沖縄よりさらに南の八重山諸島で眺めた夜空の美しさを思い出しました。八重山の海が美しいのは勿論ですが、星空の美しさも言葉には表せません。八重山の夜空には、都会の何十何百倍もの星が浮かんでいます。都会の子供たちに見せたい星空です。沖縄の人たちは、その目に見える宇宙に畏敬の念を覚えるのでしょう。こんな歌がありました。
『ああ上がる三日月。あれは美しい神の弓/ああ上がる赤星。あれは美しい神の矢/ああ上がる群れ星/あれは神のくし。あのたなびく雲は神の帯』。
都会の夜空から星が消えてしまいました。上を向いても見えない星空、これから先その消えた星によって失うものの大きさを考えると夏の夜でもブルッと身が震えるのです。
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