万事為果つ
十数年ぶりに豊川稲荷に詣でてみました。以前詣ったときには大駐車場には、お土産物売り場もあり、そこで豊橋名物のちくわを
買い求め、美味しいちくわにかじりつき舌鼓したものでした。土産物売り場の建物はなくなり、参道のお店も3分の2は店を閉ざしていました。豊川は次郎柿の産地です。昔はこの時期、どの店の店先にも次郎柿が山のように積まれて売られていました。それが1個の柿も見つけられなかったのです。美味しい柿を期待していきましたので、もう残念でなりません。
師走が近づいたことですし、1年のお礼参りの善男善女で賑わっているだろうと思っていただけにがっくりしました。初詣の時しか人が出ないのでしょうか。好きな場所だけにほんとうに残念です。
場所を変えてこの初冬、浜松の北の台地の風景を覗いてみました。市の中央から車で15分、信玄と家康の戦いで有名な三方原です。北の山から吹き下ろすからっ風に身体をさらし、大根を引き、その収穫に追われている農家の人びとの姿が目に入ります。
私は意地悪のようでしたが、次の句の情感をこの身で味わいたく、わざと知っている土地の名前を知らない振りをして尋ねてみました。
ひとりのお百姓さんが引き抜いたばかりの大根の泥を葉で拭いながら、その大根で場所の方向を指し教えてくれたのです。
大根引大根で道を教へけり 一茶
大根を引き、漬物にするために干す。ここの土地では年の暮れの風物詩なのです。
やはり、十二月の声を聞くと、にわかに忙しいような気になってきます。私の周囲の人びとはやたら忙しげに東へ西へと車を走らせています。十二月は師走なのです。
師(せんせい)が走りまわるから師走と思っていましたら、師走は、歳極(としはつ)の語が転じたもの、あるいは、<万事為果(しは)つ>、の意からできた言葉なのだそうです。陰暦12月の別称としては、<師(せんせい)が走りまわるから師走>の方が風景画的な解釈で説得力があります。
その気ぜわしない十二月もあっという間に押しずまり年の瀬。年の瀬が近ずくと一段と追いつめられた気持ちが高まってきます。年の瀬は今年の最後の日々、過ぎ去ったいろいろな出来事を惜しんだり悔やんだり懐かしんだりするものです。そして、新しい年へ期待をつなぎ、希望を膨らます、そんな時間の流れの一つの節なのです。
ともかくもあなたまかせの年の暮れ 一茶
年の瀬を迎えようとして、今年の師走は開き直ってゆったりと構えたいと願っている私です。
毎年この時期になりますと、個人経営の会社から世界に名のとおった大企業まで、暦の入ったもの、洋画、日本画、版画、写真とさまざまなカレンダーをいただいてきました。ところがこの2、3年めっきり、集まるカレンダーの数が少なくなりました。その少ない集まったカレンダーを見ますと、カレンダーの質は企業の大小に関係がないようです。
カレンダーの意味を調べてみます。カレンダーはローマ時代のカレンダーリウムを語源とし、この言葉は「利子計算帳」の意味だったそうです(春山行夫『西洋雑学案内』)。calendsという単語に「ローマ暦のついたち」という意味があります。ローマでは毎月1日を満期と定め、金貸しが利子を計算したためなのです。カレンダーがローン返済の期限を告げるものであることは、長い人間の歴史の中で、昔も今も変わりはないようです。
カレンダーが集まりますと、まずポリの袋から出し、巻かれていた反対に巻き戻しポリ袋に入れ直します。そのままですと、カレンダーの下端が手前にむかってしゃくれ出てしまいます。2、3日すると巻きくせが逆になりますのでそれから壁に掛けるようにしています。
仕事場であるコンピュータの横の壁には、なるべく活字の大きなカレンダーを半年分以上並べてはってあります。株式チャートを見るとき、カレンダーから75日、150日以前、以後を見定めたいからです。そして、私が日常生活で一番時間をかけてカレンダーをじっくり見る場所はどこかと言いますと、じつはトイレなのです。ですから、トイレに掛けるカレンダーは暦や歳時記の入ったものを掛けるようにしています。
若いときには、さほど意識しなかった暦をしげしげと眺め、暦の二十四節気に季節の移ろいを感じるのは、やはり歳のせいでしょうか。今週7日は「大雪」、二十四節気のひとつです。暦はもう大雪の季節になっているのです。
もし人生の終わりから数えることのできるカレンダーがあったら、人間はもっともっと自分の時間を大切に生きるのではないでしょうか。
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